20種類のアミノ酸の配列から生みだされるタンパク質は、私たち人間の生命に欠かせないものだ。株式会社RevolKaでは、目的の性質を持つタンパク質の設計に必要なアミノ酸の配列を、AIを用いて高効率で見つける技術を開発。近年注目の集まるバイオ医薬品の創薬分野での活用を目指し、世界に挑んでいる。
梅津光央教授は、東北大学大学院工学研究科で長年タンパク質の研究に取り組んできた。タンパク質は20種類のアミノ酸の配列によって設計される。一見簡単そうに思えるが、実際にはその配列空間はほぼ無限大。そこから特定の機能を持ったタンパク質を設計することの困難さは、想像に難くないだろう。
梅津教授は「自然界に既に存在するタンパク質でも、アミノ酸の配列が少し変わるだけで、全く性質が変わってしまいます。ですから、目的の機能が備わったタンパク質をつくることはなかなかできません。そういう意味では非常にハイリスクな部分があります」と語る。研究者たちがこの点で苦労しているのを見てきた梅津教授は、なんとかして成功率を高める方法はないかと考えた。そこで思いついたのが、機械学習を中心とした人工知能(AI)を用いる方法だった。理化学研究所・産業技術総合研究所との共同研究を経て、AIが目的の機能をもつタンパク質を探し当てる確率が、人間と比べて相当高いことが分かった。この結果に手応えを得た梅津教授。タンパク質に興味を示す企業の多さをすでに感じていたことから起業に向けて動きだした。
起業するにあたって、梅津教授は2人の人物に声をかけた。1人は、梅津教授の研究室に所属する中澤光准教授。2011年に中澤准教授が東北大に着任して以来、ともに研究に取り組んできた間柄で、梅津教授は「遺伝子設計や遺伝子工学に関しては、彼の方が技術を持っていて創意工夫がある」と中澤准教授に全幅の信頼を寄せる。中澤准教授も「もともと起業したいという思いが強くあった」といい、今回の機会に今までの技術的経験を生かしていきたい考えだ。
もう1人は、以前に共同研究を通して知り合った片岡之郎さん。梅津教授は研究で関わる中で、片岡さんの、タンパク質やバイオ・製薬産業面についての知見の深さを感じたという。その縁もあって、梅津教授は片岡さんに新会社の社長就任を「思い切って」打診。片岡さんは「ほぼ二つ返事で」引き受けた。それまで企業で研究開発や事業開発に携わっていた片岡さん。研究に対する「目利き」には自信があった。「梅津先生の研究を見たときに、非常に筋が良くて、しっかりしていると感じました。だから誘いを受けたときも、『いいですよ、やりましょう』と。本当に二つ返事だったと思います」。
東北大学の支援プログラムによるビジネスモデルの検討など約半年の期間を経て、2021年4月7日に株式会社RevolKaを設立。片岡さんがCEO、梅津教授がCSO、中澤准教授がアドバイザーに就任した。アカデミックに籍を置く梅津教授と中澤准教授が技術面を担当し、企業での経験豊富な片岡さんが事業開発を担う。3人がそろうことで起業に向けた理想のチームが実現した。
RevolKaという社名には、会社の目指す理念がつまっている。そもそもRevolKaというのは、ラテン語で「進化」を意味するevolutioと、アイヌ語で「育てる」を意味するreskaから成る造語。「進化工学の方法を用いて、体内で起きている進化を試験管の中で模倣する技術からevolutio。そして東北で育っていることもあり、『育てる』という言葉を入れたいと思いました。
皆がより良い方向に使っていけるようにタンパク質を育てていく、ということを考えたときに、reskaという語を見つけました。『進化(evolutio)』をアイヌ語の『育てる(reska)』で挟んだものがRevolKaです」と梅津教授。さらに、reskaの語には胎児のイメージを重ね合わせているという。「reskaのRを見たときに、胎児の形に似ていると感じました。そこが会社のロゴの出発点です。胎児がevolutioのE、進化を抱えて、それを大事に育てていくというイメージでつくりました。育て、進化させる喜び。ここを大事にしていきたいです」。
進化させることと、育てること。この2つの理念を持って現在取り組んでいる課題が、バイオ医薬品だ。世界市場を見たときに、医薬品全体の市場が約30兆円あり、そのうちバイオ医薬品が約4割を占める。そして4割のうち、90%以上がタンパク質に関連した製品だ。それほどまでにタンパク質を利用したバイオ医薬品の開発は大きな需要を持っているが、その過程には機能発現の安定性や毒性などの安全性の観点から多くの基準が設けられており、実際に上市される新薬の開発は非常に難しい。この問題が、薬の値段を高くしたり、特定の病気に対して治療薬が無かったりする現状を生みだしていると梅津教授は指摘する。その上で、同社のaiProtein技術が問題の解決につながると話す。
「機械学習を用いたAIには、学習に必要な教科書のようなもの(教師データ)が必要になります。つまり、良い教科書がなければ良い学習はできません。いち早く、良い教師データをつくる技術が私たちにはあるのです」(梅津教授)。バイオ医薬品の開発にAIを使い、答えの見つからない部分の答えを見つける確率を、どれだけ高められるか。同社は今年3月に住友ファーマ株式会社と新規希少疾患治療薬に関しての共同研究契約を締結し、aiProtein技術を使って実際に良質な教師データをつくることで新薬の開発を進めている。
梅津教授は「タンパク質や有機合成など、人間がその機能を予測できない部分を、AIに予測させようという流れは世界的なもの」と話す。片岡さんも「現在のバイオの中心は米国」と断言する。「米国の中でも、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など、最先端の研究機関が集まるマサチューセッツ州のケンブリッジにバイオの中心があり、そこに世界中の大手企業が研究所を持っている。まずはそういった大手企業の研究所との共同研究を結ぶことを目指しています」。同社はこうしたバイオ産業集積の地・米国ケンブリッジに2022年9月に拠点となるオフィスを構えた。梅津教授は「今は私たちが技術の先頭を走っていますが、これからは世界的な競争が起きていきます」と強調。もともと創薬の分野は、グローバル企業が大きな力を持っている。だから視線は日本国内にとどまらず、その先にある海外との勝負を見据えているのだ。自分たちの技術が、世界中の人々を幸せにできると信じて。