仙台市の輝翠TECHは、りんご農家の収穫を手伝うロボットを開発している。代表のタミル・ブルームさんは東北大学で航空宇宙工学の博士号を取得した「宇宙ロボット」の専門家。研究で学んだロボット開発とAIの技術を生かして「高齢化が進む農家の作業を助けたい」と、東北の農家とともに農作業を効率化するロボットの開発に挑んでいる。
代表のタミル・ブルームさんはイスラエル生まれ、アメリカ育ち。ニューハンプシャー大学在学中にロボットや宇宙工学分野に興味を持っていたところ、月面の無人探査を目指す国際レース「Google Lunar XPRIZE」に東北大学工学部の吉田和哉教授らのチームが参加しているとの記事を読み、その研究内容に興味を持ったという。
「記事を見て研究室に連絡を取り、大学3年生のときに奨学金を得て東北大学に留学しました。吉田先生の研究室はロボットとAIの両方の技術を研究できる点で、世界でも数少ない優れた研究室だと感じました」
帰国後はカルフォルニア大ロサンゼルス校の修士課程で航空宇宙工学を専攻し、宇宙ベンチャーの「スペースX」や「エアロヴァイロメント」でインターン経験を積んだ。それでも「日本に戻る機会を探していた」というタミルさんは2018年に再度来日し、東北大学工学研究科の博士課程に進学。吉田教授らのもと宇宙探査ロボットの開発を学び、博士号を取得した。
そんな「宇宙」の研究者であるタミルさんが、なぜ「農業」に取り組んでいるのか。その背景には、自然好きなタミルさんが東北各地を旅する中で目にした出来事があった。
「これまで山形で農業体験をしたり、友達と青森を車でめぐったりと東北各地を旅してきました。山形では収穫でおじいさんが体に負担のかかる作業をしていましたし、青森では人があまりいない田舎のまちを目にして悲しくなりました。農業はとても大切な産業です。これまで研究してきたロボットやAIを使って農家を助けることができれば、こうした田舎を活性化できるのではないか?と感じました」
タミルさんはさっそく、農家の人々に聴き取りを開始。今困っていることや、どんなロボットがあれば作業が楽になるのかを聞いた。「農家によって作業の細かいやり方は違うけど、似ていることも多い。ニーズは多いと言われ、ロボットを必要としている人が多いことを感じた」と手応えを感じたタミルさん。聞き取りの結果、まずは収穫したりんごを運搬するロボットを開発することに決め、2021年「輝翠TECH」を創業した。
同社が調査したりんご農園では、収穫したりんごを入れるかごは一つ20kgの重さ。一日で合計5000kgにも上るというりんごを出荷場所まで人力で運ぶ必要があり、高齢化が進むりんご農家ではその負担の大きさが課題となっていた。同社は2021年からロボットの試作品を作り、青森県と福島県のりんご農家で試験的に導入。「どんな機能があれば楽になるのか?どうすれば使いやすくなるのか?」と、農家の意見を取り入れながらロボットの商用化に向けて改良を重ねてきた。
こうして開発されたロボットは、収穫したりんごのかごを乗せてボタンを押すと、出荷場所まで自動で運搬してくれるしくみ。運搬後は収穫場所まで自動で戻ってきて、収穫している人の動きに合わせて後を付いて来てくれるAI搭載の「追従型ロボット」だ。
農業用の追従型ロボットは、近年世界でも注目されている。アメリカのスタートアップ・Augean Robotics社はぶどう園で運搬を手伝う追従型ロボット「Burro」を開発し話題に。アメリカを中心に、農業、物流、店舗の買い物などで追従型の運搬ロボットの活用が始まりつつある。日本でも山口県や栃木県で、産学官連携で農業ロボットを開発する動きがあり、タミルさんは「まだまだ始まったばかりの分野ですが、可能性は大きいし、市場はある。こうした世界的な盛り上がりは会社にとってチャンスだと思います」と期待を込める。
輝翠TECHが開発する農業用ロボットの強みは、月面探査ロボットの開発で活用されてきたさまざまな技術を応用している点だという。GPSなしでも特定の場所の地図を自動作成できる「SLAM」という技術を搭載することで、農園内の地図を作成し、障害物のない経路を選んで運搬することを可能に。将来的にはロボットにアタッチメントを装着することで、草刈りや農薬の散布などさまざまな農作業の自動化を目指すという。 AIや画像処理技術を活用し、果物の最適な収穫時期や、農薬や肥料の最適な量をデータで示す技術開発にも取り組む。同社は2023年ごろからのロボットの商用化を目指し、今後はりんご農家だけでなく他の果樹や野菜の収穫にも活用できるよう、幅広い農家でユーザーテストを実施していく予定だ。
タミルさんは大学院修了後も仙台で活動を続けている。そんなタミルさんの情熱に、地域の行政や企業からの期待も高まっている。これまで、仙台市「Tohoku Growth Accelerator」 、青森市「青森アクセラレータープログラム」、JAグループ「JA Accelerator」、農林水産省 「令和3年度農林水産業等研究分野における大学発ベンチャーの起業促進実証委託事業」、ハードウエアスタートアップを支援するHAX Tokyo「HAX Tokyo Accelerator」の採択を受け、事業化検証を実施。
こうした実績が評価されて仙台市のベンチャーキャピタルであるMAKOTOキャピタルからの出資が決定し、東北大学基金でのクラウドファンディングを通じた資金も調達してきた。こうした地域の期待を受け、農家を助けるロボットを「東北から世界へ広げていきたい」と、タミルさんは意気込む。
タミルさんが育ったニューハンプシャー州はアメリカの北東部に位置し、冬は雪が多く寒冷な気候や、海と山を擁する自然豊かな景色は日本の東北地方と重なるところが多いという。「会社名の『輝翠』には、翠(みどり)が輝く自然豊かな将来になるように、という思いを込めています。農業は、緑が輝くための大切な仕事。誰でも、どこにいても幸せに生活できるように、ロボットが仕事を助けてくれる未来を作れたらと思います」
高齢化が進む地方でロボットを使った最先端の農業が進むことで、「もっと若者が田舎に集まってくるような、強い将来を作ることができるはず」と信じるタミルさん。「ボランティアやプロボノも募集しているので、参加できる人がいたらぜひ連絡してほしいです。農家や農業団体、自治体の方も私たちの技術に興味があればぜひ連絡を下さい」と、読者に呼びかけた。