Googleの月面探査レースへの挑戦を機に生まれた宇宙スタートアップ「ispace」は、独自の着陸船と探査機を開発し、2023年までに月面探査を成功させるプログラム「HAKUTO-R」を進行中だ。代表の袴田武史さんは「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」と壮大な目標を掲げる。
子供の頃から映画・スターウォーズやロボットに興味があり、「スターウォーズに出てくるような宇宙船を作りたい」と航空宇宙工学の道へ進んだ袴田さん。アメリカの大学院に在学中、民間の宇宙船開発の賞金レースでの優勝者の講演を聴いたことで、民間企業での宇宙開発に関心を持つように。「民間で宇宙事業をするには技術だけでなく、経営と資本が必要」と外資系経営コンサル会社に就職し、経営やビジネス感覚を身に着けた。
「自分で起業するつもりはなかった」と話す袴田さんが会社を設立したきっかけとなったのが、民間で月面の無人探査に成功したチームに賞金が贈られる国際的なレース「Google Lunar
XPRIZE」だ。レースに応募していたオランダのチームが探査機の開発を東北大学工学研究科の吉田和哉教授に依頼したことで2010年に日本支部が立ち上がり、袴田さんは日本支部の代表として資金調達などを担当した。オランダの団体は2013年に資金難でレースへの挑戦を断念したが、日本支部は同年「HAKUTO」とチーム名を変え、袴田さんが会社を辞めて株式会社ispaceを設立する形で存続。このレースに日本チームで挑むことになった。
HAKUTOは吉田教授らが開発した月面探査機の性能の高さを認められ、2015年にレースの「中間賞」を受賞。2017年にはファイナリスト5チームの中に選ばれ、日本中の期待が膨らむ中、2018年2月までにシリーズA調達国内最高額の103.5億円を調達した。
HAKUTOは2018年の期限内の打ち上げができず、Google Lunar
XPRIZEは期限内に達成チームが出ずに終了した。しかしこのレースを機に、ispaceの宇宙ビジネスの基盤ができたと袴田さんは語る。「ローバー(探査機)をフライトモデルまで作り上げた民間初の会社となり、スミソニアン航空宇宙博物館でも展示される予定です。また企業との『パートナーシップ』というビジネスモデルを確立できたことで、事業につながる道筋ができたのです」
ispaceは2018年、独自に月面探査に挑戦するプログラム「HAKUTO-R」を立ち上げた。2021年までに民間主導で月に着陸船を着陸させ、月面データの送信や貨物の輸送を試みる。
そして2023年までには着陸船に搭載した探査機で、月面走行をして探査に挑戦するというものだ。アメリカ・SpaceXと契約し、同社のロケットでの打ち上げが計画されている。
主なビジネスとしてはこのプログラムを応援する企業を募り、プロモーションやマーケティングの機会を提供する「パートナーシップ・プログラム」のほか、月面着陸や探査の際に顧客の貨物を運ぶ「ペイロードサービス」や、収集した月面データを提供するサービスも開発中だ。
壮大な宇宙産業を民間企業として取り組むには、世界の熾烈な競争の中で百億単位の調達を続ける必要があり、国と協調しながら市場を切り拓くことが求められるなど、課題も多い。それでもispaceは人々の期待を乗せて、宇宙を目指す。同社は2040年には月に1000人が住み、年間1万人が地球と月とを行き来する「Moon
Valley」という都市が誕生する未来を描いている。袴田さんはそんな未来に向けて、まっすぐな目でこう語る。
「月に限らず、我々の目標は “Expand our planet, Expand our
future”。人間が宇宙に生活圏を広げ、人間が豊かな生活ができる基盤を作ることです。そのためには人間を支えるためのインフラ、モノ、サービスなど地上でサービスを展開するあらゆる新しいプレイヤーを巻き込んでいく必要がある。そうなれば、私たちは宇宙に経済圏を作っていくことができるのではないでしょうか」