2025年には最大で27万人の看護師が不足すると推計されている、日本の医療現場。エピグノは退職率の高い看護師の労働環境を改善して職場に定着できるしくみをつくろうと、人事評価の可視化や事務作業の効率化ができるシステム「Epignoナース」を開発した。手術室のスケジュールをAIが自動で組むことができる「Epignoオペ室」とあわせ、経営課題を抱える病院や訪問医療の現場を支えるシステムとして全国に広がりつつある。
最高医療責任者(CMO)である志賀卓弥さんは、東北大学病院の麻酔科医だ。加齢医学研究所に所属していたころに人工心臓の研究開発に関わり、ベンチャー企業とともに開発を進めた経験から「医療も産学連携を進め、ビジネスとしても成り立たせていかないといけない」と考えるようになったという。
医師ながらビジネスを学ぶために慶應義塾大学大学院経営管理研究科に入学し、在学中の2016年に医療現場の課題を解決するベンチャー・エピグノを起業。その後同大学院の同級生で富士通や親族経営の会社で営業・経営経験を積んだ乾文良さんが参画してCEOに就任、本格始動した。
主力製品の「Epignoナース」は、看護師の離職率の高さを解決するために生まれたサービスだ。厚生労働省が2025年に最大で27万人の看護師が不足すると推計している一方で、病院や訪問看護の看護師の離職率は極めて高い状況が続いている。病院の経営を安定させ、適切な医療サービスの提供を続けるためには、病院の人件費の大半を占める看護師が職場に定着する環境を整えることが急務となっているのだ。
エピグノは、看護師が離職してしまう原因を分析。その結果、看護師一人ひとりのスキルや成果、努力を可視化できていないために客観的な人事評価ができず、看護師のモチベーションが向上しないこと。患者と向き合う時間よりも、煩雑な事務作業や会議に大幅に時間が取られ、不満が溜まっていることなどが分かった。
「Epignoナース」はこれらの課題を解決するためのITシステムだ。看護師一人ひとりの情報を管理し、経歴、資格の取得や研修の受講状況などでスキルを把握することができる。看護師自身が目標や目標への到達度を自己評価で入力し、上司が人事評価や人事異動の指標に用いることもできる。さらにこれらの看護師の情報から、AIが最適な勤務表(シフト)を自動で組む機能もあり、現場からはこれまで多くの時間が割かれていたシフト作りの手間が省けたと好評を得ているという。
同製品と並んで同社が手掛けるのが、「Epignoオペ室」だ。それぞれの手術にかかる時間をAIが予測し、医師や看護師の残業をできるだけ減らしながら手術室の稼働率を最大化するような手術スケジュールを組むシステムだ。看護師のスキルを把握し、手術によって適切な人材配置を自動で提案することもできる。手術室の稼働率はダッシュボードで可視化されるので、病院の経営状況を把握し、早い段階で改善することも可能だ。
これらのシステムは今年に入ってから京都、神奈川、千葉といった全国の病院や訪問医療サービスに導入され、東北大学病院(宮城)も導入を進めている。導入先からは「シフト作成業務が50%削減できた」「看護師のスキルを可視化したことで、適切な人事評価が可能になった」との声が届いているという。乾さんは「『看護師が退職しない』という目標のためには、これから長期目線でサービスを行なっていく必要がある。来年8月までに50の医療機関への導入を目指し、しっかり全国にサービスを広げていきたい」と語る。
ITで医療現場の業務効率や職場環境を改善することで、日本の医療を支えようとするエピグノ。同社が使命として掲げるのは「全ては未来の患者と家族のために」という言葉だ。志賀さんは「例えば看護師のシフトをAIが自動で組むシステムは、実は他業種からも『うちでできないか?』と強い引き合いが来ています。でもそれをしないのは、私達の目的はあくまで医療の現場で『患者と家族がハッピーになること』だから。その軸はずっと変わりません」と力を込める。
乾さんも「『医療スタートアップ』の目標は『未来の患者と家族のために』、これしかないと思っています。一つの病院の経営改善やコスト削減ができればいいというものではなく、患者の方やご家族にとって有益なビジネスでないと、子供や孫の代にまで残るサステイナブルなビジネスにはならない」と語る。そしてこう続けた。
「日本の医療は今トップクラスで、国民皆保険が成り立っていますが、それがこれから崩れていく可能性がある。自分の子供や孫世代が十分な医療を受けられる未来にするためには、個々の医療・介護機関が経営面で強くならなければならないし、医療従事者を支えなければならない。そんな未来を作ることができたなら、スタートアップ冥利につきますね」