放射線によるがんの治療には、近年追い風が吹いている。がんの3大治療と呼ばれる手術、抗がん剤、放射線。このうち放射線による治療は体にメスを入れることも、痛みを伴うこともなくがんを治療することができるため、身体的な負担の少ない低侵襲の治療法として、需要が高まっている。アイラト株式会社は、「放射線治療ですべてのがん患者を救う」をミッションに掲げ、放射線治療AIの開発を行っている。
放射線治療が注目される背景には、放射線を照射する技術の進歩がある。強度変調放射線治療(IMRT)は、放射線を照射する量や角度をコンピューターで計画することで、従来よりも正確かつ多くの放射線をがんの腫瘍に照射できるようになった。
海外では放射線によるがんの治療が主流になってきている一方、「日本では海外と比べて放射線治療の普及が遅れている」と同社の角谷倫之氏は指摘する。
要因には、IMRTでの治療計画を作成するのにかかる時間の長さがある。200枚にもなる患者のCT画像を治療計画ソフトに落とし込み、一枚一枚手作業で腫瘍とその他の臓器をマークしていく作業が約2時間。放射線をどの角度からどれくらい照射するのかという計画を立てるのが約3時間。実際に放射線を照射するシミュレーションを行い安全性を確認するのが約1時間。計6時間を費やして治療計画を立てているのが現状だ。患者に放射線を照射するなどの治療時間が15分ほどであることを考えると、準備段階に多くの時間を取られていることが分かる。
そもそも日本の放射線治療医の数は欧米と比べて多くない。治療計画の作成が長時間に及ぶため、現場のスタッフに大きな負担がかかり、かつ治療計画を立てる医師の能力によって計画の質に差が生まれてしまうという問題につながっている。角谷氏は「我々のAIを使うことでこうした問題を解決しつつ、放射線治療を普及させて、その良さを最大限発揮できるようにしたい」と力を込める。
同社が開発するAI放射線治療計画支援ソフトウェア「RatoGuide(ラトガイド)」は、従来6時間かかっていた治療計画作成の時間を、20分にまで短縮できる。時間短縮を実現するとともに、腫瘍と臓器のマーキングなどほぼすべての工程をAIが自動的に行うことで、高品質な治療計画を誰でも作れるようになった。テスト導入する現場からも、「ここまでできるのか」と技術の高さに驚く声が上がっているという。
同社は昨年12月から山梨大学附属病院で肺がん治療の実証実験を行っており、3月には高精度放射線治療に特化した国内最大の学会で、同病院の発表したラトガイドに関する演題が優秀賞を受賞した。ラトガイドによる治療計画が高精度で行われていることを示したもので、学会からも高い評価を得ている。
同社の角谷氏は本学大学院医学系研究科放射線腫瘍学分野の講師として、研究室で放射線治療AIの研究を起業前から行っていた。「この分野で5年以上の研究実績があるのが会社の強み」と語るのは、同社の共同創業者の木村祐利氏だ。研究室で長年積み上げてきた放射線治療AIの技術を惜しみなくつぎ込み、ラトガイドの開発に生かしている。東北大学病院の臨床データを活用できるのも大きい。性能の良いAIを作るには良質なデータを学習させる必要があるが、同病院は日本の大学病院の中でもトップレベルで高精度放射線治療を行っており、同社ではその臨床データをAIの学習に取り入れている。放射線治療AIを作る技術と、良質なデータの両方をおさえているのは同社ならではだ。
技術の核となるAIのプログラム作成を担う木村氏。以前は地方の病院で医学物理士として勤務しており、人によって治療計画の質に差が生まれてしまうこと、品質の差を埋めようと思っても、近くに放射線治療の経験が豊富な施設がなく改善が難しいことを、身をもって感じていた。その後本学の博士課程に進み、放射線治療AIの研究をスタートさせた。「現場で働いていて、次の時代の変化が絶対に来ると思っていた。放射線治療が扱う多くは画像データや電子データ。AIは画像認識が得意なので、医療分野でも放射線治療は特にAIとの親和性が高い。事業としてもいけると思った」
起業を持ちかけたのは角谷氏から。「角谷さんは実行力があって、0から1を作るのが得意な人」と木村氏は話す。「実行力では及ばないが、自分は医療AIの知識と、放射線治療の治療計画の知識とをどちらも持っている。良いAIを作るには、学習させるデータの質を見分けられる人が必要。自分の強みは臨床経験を生かして、数多くのデータから、作りたいAIに適したデータを定義して選び取れるスキルがあること」と自負をのぞかせる。両者の実行力と技術力が相乗効果を生んでいると言えそうだ。
スタートアップ関係者も同社に熱視線を送る。昨年10月には九州最大のスタートアップイベント「StartupGo!Go!」で優勝し、賞金100万円を獲得するとともに3月に開催された起業家万博にも出場した。さらに、2月に開催された宮城県のDX関連のスタートアップイベント「Miyagi Pitch Contest 2024」でも優勝。賞金と支援金合わせて1000万円を獲得した。各ピッチでの結果からは同社に対する期待の大きさがうかがえる。
今後は、テストを行っている現場の声をラトガイドに反映させていき、医療機関でよりストレスなく使用できるように改良を重ねていく。ラトガイドで対応できる部位の拡大にも取り組んでいる。現在対応しているのは肺、頭頚部、前立腺、子宮頸がんの4部位だが、今後は難治がんとされるすい臓がんなどにも対応できるようにしていく考えだ。「市場投入したときに期待値以上のものを出せるかどうかを今詰めている」と角谷氏。実は、X線だけでなく、陽子線や重粒子線向けの放射線治療AIの開発も構想している。「目指すべきところは、放射線治療ですべてのがん患者を救うこと。X線だけでなく、陽子線や重粒子線用のAIを作ることで、救える人をもっと増やせる」と展望を語る言葉が尽きることはない。快進撃はこれからも続きそうだ。