日本の喫緊の課題である過疎化。本学工学部出身の小林雅幸さんが代表取締役を務める株式会社Rurioは、メディア制作や通訳・翻訳サービスを通じて日本の地方の魅力を世界に発信することで、この課題の解決に貢献しようとしている。事業を始めたきっかけは福島県双葉町への訪問だった。
双葉町と関わるようになったのは偶然だった。小林雅幸代表取締役は学生時代、東日本大震災の被災地を巡るツアーで初めて双葉町を訪れた。「『誰もいない町』を見て衝撃を受けました」。当時の双葉町は福島第一原子力発電所の事故の影響で、全町民が避難を強いられていた。これまでなんとなく耳にしていた地方創生という言葉の重みを知った、という小林さん。まちから人がいなくなると、どうなってしまうのか。双葉でその現実をみたことが、日本の地方の行く末に目を向けるきっかけになった。
このとき小林さんが参加したツアーに通訳ガイドとして携わっていたのが、後に一緒に会社を立ち上げることになるバネルジー・トリシット共同代表(当時)だった。小林さんはトリシットさんとなら世界を相手に面白い仕事ができると感じていたという。「『双葉で何か一緒にやろうよ』と誘い、活動を始めました」。
地域の方々の協力の下、双葉町で最初に実施した事業は「パレットキャンプ」という名前のツアーだ。このツアーは双葉町に長期的に関わる人を増やすことを目的として開発された。参加者は、現地での2日間のプログラムを通して、参加者同士や地域の人とのつながりを深めていく。被災地を巡って終わりというツアーをするのではなく、ツアー後に双葉町に帰ってきて何か活動を始めてもらえるように考えた結果、「被災に関して知ってもらうことよりも、参加者同士が仲良くなってもらうことに焦点を置きました」、と小林さん。その結果、これまでに約150人がツアーに参加し、そのうち30人は運営側としてツアー後も双葉町に関わってきた。中には移住した人もいるそうだ。ツアー後にこれだけの数の参加者が訪問地と関係を保つことは珍しい。
ツアー事業を通じて「人の行動は、その人がどんな情報を受け取るかによって大きく変わることを実感しました」という小林さん。工夫を凝らした情報発信で、人々が、これまで考えもしなかった場所に「新たな興味」を持つようになれば、それをきっかけに新しい人や経済の流れができて、地方にもっと財が集まるのではないかと考えるようになった。
バイリンガル雑誌「iro」は、その「新たな興味」を提供するために作られた。双葉町を含む福島県浜通りのおもしろい人やもの、かっこいい文化、知られざる歴史を発信したい。ジャーナリズムの知見を持つトリシットさんを中心に、過去のツアー参加者も加わって、浜通りを世界に発信していく雑誌の制作が始まった。雑誌は2022年4月に創刊し、2023年には日本、インド、米国の計44か所で配布された。現在はオンラインでも閲覧できる。 (iro公式ウェブサイト:https://iromag.com)
「今存在している浜通り地域の情報はほぼすべて日本語で、英語の記事で取り上げられているのは、原発事故についてばかりです。その偏りは僕たちが英語で書くことで変えられる。アプローチできる読者が増えること以外にも、バイリンガルであることの強みは色々あります」。双葉町に関わる人々、おいしい食べ物、地域の祭り…雑誌には、データだけでは分からない、浜通りの生きた情報があふれている。今後は日本の地方の文化やまちづくりについても書く予定だ。
日本全国で過疎化が進む今、Rurioは東北地方から地方創生に挑もうとしている。「地方の魅力や価値を知ってもらわないと、どんどん地方から人が離れてしまい、そうすると、美しい日本の地方が失われてしまいます。一度失った町を取り戻すのは難しい。その前にできることは何でもやりたいです」。
双葉町から始まった活動は、今では東北6県に広がっている。ツアー企画や雑誌制作といった最初期の活動で得た知見を用い、今では地方自治体の移住定住促進サイトの企画制作や、英語での地域紹介パンフレットの制作など、東北の各地域の魅力を発信する事業に取り組んでいる。「東北は、食・自然・人・文化のどれをとっても魅力があるのに、まだよく世界に知られていません。だからこそ、東北は日本で一番、潜在能力が高いと思っています」、と小林さん。加えて、日本で最も過疎化の進む地域である東北から事業を行うことに意義を感じているという。
「Rurioは恐らく皆さんが想像する『スタートアップ』ではないと思います」。革新的な技術で新たな市場を生むスタートアップとは異なり、取り扱う事業も、相手にしている市場も、決して新しくはないという。「ウェブサイト制作や翻訳事業は、別に新しいものではありませんよね。私たちの価値はその文字通りのサービス自体にはありません。商品を作り上げる過程に工夫をしており、そこに価値があります」。
例えば、サイト制作者も翻訳事業者も既に存在しているが、浜通りの魅力を日英の文章にし、雑誌とウェブサイトで世界に発信する事業者はこれまでいなかった。「ずっと昔からある市場にだって、まだやりきれていないところ、改善できるところがあるはずです。私たちは既存のシステムの中にイノベーションの余地を見つけ、事業を作ります。大きな流れの隙間にこういった企業がいた方が、世界はもっと良くなると思いませんか」。Rurioは東北から、日本の地方を次世代へ繋ぐための取り組みを進めていく。